【初回カウンセリング】生育歴から現在に至るまで

調査票と持参の資料

病院でいう問診票みたいなものをまず記入しました。
氏名、生年月日、住所などから、お困りのことのようなことも書く欄がありました。

そのようなものを書くことを想定していたので、私は予め資料を作って持参しました。

病院の診察でも診察メモと言って、文章を書いて先生に読んでもらっているぐらい私にとっては書くことが当たり前なので、資料を作ることは大変ではありませんでした。

通院している病院名、事の経緯、困っていると、不安なことなど。

これらは、カウンセリングルームのホームページに、初回でこういうことを聞きますよ、という記述があったため、それに従って、資料にまとめました。

困っていることは、

  • フラッシュバック自体
  • フラッシュバックによって自分を責めてしまうこと
  • 解離

これから希望すること、

  • とにかくフラッシュバックをなくしたい。
  • 自分を責めるのをやめたい。
  • 記憶を過去の事にしてフラッシュバック対応の薬を飲まなくなりたい。
  • 解離が邪魔するならその対応も希望します。

気がかりなこと、

  • EMDRの過程で、解離が邪魔しないか不安。
  • フラッシュバックしないか心配。
  • EMDRに副作用があるかどうか。
  • 解離とEMDRの関係がどうなっているのか。
  • 解離することによって、双極性障害の方が安定しているというのが先生との共通の見解です。解離がなくなれば双極性障害が不安定にならないか心配です。

こういったことを書きました。

生育歴

それではまず生育歴を聞かせてください、と言われました。
これはちょっと困りました。応用が効かないので、考えていなかったことを聞かれるとなかなか答えられません。

生育歴を今まで聞かれたことなどありません。
病院でも生育歴は聞かれたことがないかもしれません。初診は随分前なので忘れてしまいました。

語るほどの生育歴を持っていないと思っています。
すくすくと成長してきたっていうか。

優等生だったことは話しましたが、あと何を話したのかあまり覚えていません。

子供時代、兄に気を取られる両親に寂しい思いをしていたことは話したと思います。そのくせ、兄が手を離れると注目は私に向かい、親に対して見切りをつけていた私は複雑な気持ちになった、という話もしました。

記憶がところどころ抜けていることも話しました。

鬱になり入院し、両親の介入がまたあって一悶着あったとか、そんな話をしました。

トラウマのきっかけ

トラウマとなった精神科の入院のきっかけになったのは、母の一言でした。
フライパン事件と私は呼んでいるんですが。

ある日、家事を一時的に手伝いに来ていた母がテフロン加工のフライパンに金属のフライ返しを使っていました。
これ、どういうことがわかりますか?
私はものを大切にしたいから、やってほしくないと思ったのですが、先生にいったら、締め切った部屋で石油ストーブ使うようなものって言われました。

これを私が注意しました。
そしたら、母は「そんな細かいのだから、ダメなのよ」と言いました。
これが、私にとっては、そんな細かい事を言うようだから、病気が良くならないのよって言われたような気がしました。
それで、病状悪化。

躁鬱混合状態に陥った私は、精神科へ入院することになったのです。

トラウマ後から現在に至るまで

退院し、現在に至るまで6年間、フラッシュバックと思われる現象が起きていたことを話しました。
そして、ひたすら忘れようとしていたことも。

忘れようとしているのに忘れられず、記憶が現実のように蘇ってくる現象を3月ごろに先生にフラッシュバックというのではないですか?と問い、そうだという回答を得てから、フラッシュバックがひどくなった話。

それと同時に解離の症状も酷く出始めたこと。

現在は双極性障害の症状も、解離の症状も一時期よりは落ち着いていることを話、生育歴から現在に至るまでの話を終えました。

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