【5回目カウンセリング】トラウマ

心の会議室も終わり

心の会議室も残るは花ちゃん一人になりました。
でも、花ちゃんは手強そうなので、今日はやらないことに。

時間があまったので、トラウマになっている出来事などを聞かれました。
フラッシュバック対応の薬を飲んでいるので、記憶を思い出しても、なぜかフラッシュバックのような強い感情になることがありません。それで話が出来ました。

入院中、閉鎖病棟で、6人部屋カーテンはなし、ナースコールもなしっていう劣悪な環境でした。
看護師さんのことも恨んでいます。

例えば、私は日記を書くのが趣味なのですが、日記を書いていると、「そんなことをしているから、よくならないのよ」と笑われたりしました。
ポットの水がなくなると水が飲めなくなるので、入れてほしいとお願いすると、「苦情を言われた」と言われました。
トイレの便器が汚れていたので、きれいにしてほしいとお願いしたら、嫌そうな顔をされました。
空調の管理をしてほしいとお願いしたときも同じように面倒くさそうに対処。
頓服をもらうときもめんどくさそうに。

一番のトラウマは、担当医師とその上司の医師に、気分の点数化をさせられた事なのですが、それを強要されたときの、閉鎖された空間と圧力それも嫌でした。
ゆずきちゃんが、気をうしなったのはこのときです。強要されたことに腹がたって、怒り狂ったからです。
転院の話まで持ち出して、屈服させられました。
嫌なら嫌で、どこまでも自分をつらぬけばよかったと思っています。後悔しています。

あとは、誤解をされていました。
4回同じ病院に入院しているのですが、1,2回めのときはまだ自傷行為をしていました。タバコも吸っていました。でも、3回目のころには、自傷行為はしていなかったし、タバコもきっぱり辞めていました。
それをまだ自傷行為をしていると思われていたし、タバコも吸っていると思われていました。
それは、退院の直前に書類をみてわかりました。
私はずっと誤解されたままで、治療をうけていたんだ。

イライラして、壁を殴ったり蹴ったりしていました。
見える場所でやると看護師さんにカルテに書かれるので、トイレとか見えない場所でやっていました。

カウンセリングでは、これらのことが、あまりうまく思い出せませんでした。
フラッシュバック対応の薬を飲んでいるから、記憶があまり蘇ってこなかったんだと思います。

5月のこと

去年5月のことです。入院騒ぎを起こします。
結果的には入院しなかったのですが、ODして自分で自分を守れないなら入院するしかないって言われて、入院する病院まで決まっていました。

それが、家族と一緒に暮らしたいっていう希望が芽生え、入院を回避しました。

それ以降は安定しているのですか?と聞かれましたが、はて?あまり覚えていない。

5月以降の記憶がすっぽりぬけている感じです。
何があったんだろう。何もなかったんだろうか。

躁鬱の波が何回かあったのは覚えているのですが、具体的にどうやって過ごしていたのかが思い出せません。

健忘なのだろうか。

次回は花ちゃん

次回の心の会議室は花ちゃんです。花ちゃんがうまく行けば、いよいよEMDRかな?といったところです。
花ちゃんがEMDRのターゲットですし。

花ちゃんは、いつも、いやいや言ってるので、どうなるのかわかりませんが、今、花ちゃん荒れてないし、大丈夫じゃないかなぁと思っています。

スポンサードリンク

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 解離性障害(解離性同一性障害など)へ
にほんブログ村

解離性障害ランキング

コメント

タイトルとURLをコピーしました